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ESSAY

  • 『源平の怨霊』

    6月26日に新潮社より文庫『卑弥呼の葬祭』が、
    27日に講談社より『源平の怨霊―小余綾俊輔の最終講義―』が上梓されました。
    連続になってしまいましたが(笑)よろしくお願いいたします。

    『卑弥呼の葬祭』に関しては以前に書いたので、ここでは『源平』に関して。

    昔から『平家物語』や「源義経」などに関する本や映画を目にするたびに、
    いつも不思議に感じることがありました。
    それは「池禅尼による、頼朝の助命嘆願」です。
    おかげで平家は滅亡への道を辿ります。
    しかし、禅尼の助命の理由として、
    若くして死んだ自分の子供に
    頼朝の顔が似ていたからといわれています。
    おかしくないでしょうか?

    二人は本当に顔が似ていたのか。
    万が一似ていたとしても、
    そのために自分の命までも賭けて敵方の子供の助命嘆願を行い、
    更に清盛が了承する?
    とても納得できませんでした。

    こんなに理不尽な話なのだから、
    いつかきっと誰かが説明してくれるだろう、
    そう思って30年以上が過ぎてしまいました。

    更にその間に生まれた疑問が
    「なぜ、源義経は怨霊として祀られていないのか」ということです。

    ご存知のように義経は天才的な戦術で
    平家を滅亡に追いやったにもかかわらず、
    兄・頼朝の不興を買い、攻め滅ぼされてしまいます。

    後日、義経の怨霊が出現したという伝説まで残っているのに、
    きちんと「怨霊」として祀られてはいません。
    あの状況で命を落としていたなら、
    間違いなく「怨霊」として祀られているはずです。

    そのために、実は生き延びていたという説も出現しました。

    更に「源平」に関しては、
    まだまだ不思議な事柄が多くあります。

    希代の英雄・木曾義仲が何故、
    いわれのない罵詈雑言を浴びせられてしまったのか。

    義経による一の谷の坂落としは行われていない可能性が高い。
    なのに、どうしてそんな話になっているのか。

    壇ノ浦の平家が、
    安徳天皇と三種の神器までも巻き込むという
    悲惨な最期を迎えざるを得なかったのは何故か。

    平家滅亡後、
    頼朝・頼家・実朝たちに降りかかった惨劇と、
    それに続く血で血を洗う鎌倉の殺戮史の真相は……。

    などなど、実に広範囲にわたり複雑怪奇です。
    ところが。
    ほんの少し視点を変えるだけで、
    これらの謎が全部、論理的に解けてしまうのです。

    しかもその答えは、実に単純なことでした。

    ではでは皆さまも、どうか主人公たちと共に、
    「源平」時代に隠された深遠な謎を追っていただければ幸甚です。

ESSAY

  • 『古事記異聞』サイン本

     

    『古事記異聞 オロチの郷、奥出雲』の

    サイン本を置いていただける書店さんは、

    以下の通りです。

    ・旭屋書店 なんばCITY店

    ・東京旭屋書店 新越谷店

    ・今井書店グループセンター店

    ・うつのみや 金沢香林坊店

    ・喜久屋書店 倉敷店

    ・紀伊國屋書店 新宿本店

    ・紀伊國屋書店 梅田本店

    ・啓文社 ポートプラザ店

    ・三省堂書店 池袋本店

    ・三省堂書店 名古屋本店

    ・三省堂書店 有楽町店

    ・ジュンク堂書店 名古屋栄店

    ・ジュンク堂書店 池袋本店

    ・ジュンク堂書店 大阪本店

    ・書泉ブックタワー

    ・ときわ書房 本店

    ・星野書店 近鉄パッセ店

    ・丸善 丸の内本店

    ・MARUZEN&ジュンク堂書店 札幌店3F

    ・八重洲ブックセンター本店

    ・流泉書房 パティオ店

    ありがとうございました。

    よろしくお願いします。